小林 ハル(こばやし ハル、1900年(明治33年)1月24日 - 2005年(平成17年)4月25日)は、日本の瞽女。生後3か月で失明し、5歳の時に瞽女修行を開始。数多くの苦難を経て晩年に「最後の長岡瞽女[1]」、「最後の瞽女[2]」として脚光を浴びた。8歳で初めて巡業に出て以降、1973年(昭和48年)に廃業するまでの間、西頸城郡を除く新潟県全域と山形県の米沢・小国地方、福島県南会津地方を巡った[3]。1978年(昭和53年)「瞽女唄」が「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」として選択され、その保持者として認定される[4]。1979年(昭和54年)、黄綬褒章を授与される。選択無形文化財の保持者に認定されたことをもって人間国宝と呼ばれることもある[5]。 小林ハルは1900年(明治33年)1月24日、新潟県南蒲原郡井栗村[† 1]三貫地(現在の三条市三貫地新田[7])に4人兄弟の末子と