29日に行われた『東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン! SAMURAI BLUE(日本代表) vs. Jリーグ TEAM AS ONE』に出場したFW三浦知良が試合後のインタビューで以下のように語った。 「(得点は)本当に、みんなの気持ちがひとつになったゴールだったと思います」 「ここに来たサポーターの皆さんも含め、サッカー界全体で良い形でチャリティーマッチができた。東北の皆さんに届くことを祈っています。きっと、届いたと思います」 「まだまだ苦しい大変な日が続くと思いますが、みんながついている。日本全体、世界、みんなで危機を乗り越えましょう」 【関連記事】 カズが日本に勇気をもたらすゴール…試合は日本代表が勝利 長谷部と中澤が日本へメッセージ「乗り越えられない困難などない」 長谷部のアジア杯優勝スパイクが160万円超で落札、最高落札額を更新
<セリエA:インテルミラノ5-3ローマ>◇6日◇ミラノ 6連覇を狙うインテルミラノに加入したばかりの日本代表DF長友佑都が、ホームでのローマ戦で4-1の後半30分から出場し、左サイドバックで新天地デビューを果たした。試合は5-3で勝った。 インテルミラノの本拠地「ジュゼッペ・メアッツァ」でデビューした長友は充実感を漂わせ、報道陣の質問に答えた。 -ホームで初出場 長友 やはり興奮した。前半からピッチに立ちたい、立ちたい、と思っていた。(レオナルド)監督にその思いが通じるようにずっと念じていた。 -積極的に攻撃した 長友 出て行けるタイミングがあるなら、どんどん行こうと思っていた。 -ビッグクラブで出場して 長友 チェゼーナはチェゼーナで良さがあって、大好き。でもサンシーロ(本拠地の旧名称)は特別。入るときは心が震えた。 -あこがれていた右サイドバックのマイコンと一緒にプレーした 長友 もう
香川真司 1989年、兵庫県生まれ。'06年C大阪に入団。'09年にJ2得点王となり、'10年にブンデスリーガ、ドルトムントへ。リーグ前半戦は全試合先発し8ゴール。アジア杯2011では日本代表の10番をつけ、準決勝の韓国戦まで全試合に先発出場。チームを決勝に導いたが、韓国戦後に右足小指付け根の骨折が発覚、今季の復帰は絶望的とみられている。 僕は今、ドイツのドルトムントに移籍して、ようやく半年が過ぎようとしています。チームはブンデスリーガで首位を独走していますし、ここまでは何とかいいリズムでプレーできています。 僕が、カズさんのことを初めて認識したのは、小学校1年生のころでした。特にカズダンスにはものすごく影響を受けた記憶があります。あと、シザースのフェイントもよく真似をしていましたね。その2つはカズさんの十八番ですから、特に印象に残っています。 実を言うと、僕はカズさんと小学校1年生の時に
東京都文京区の日本サッカーミュージアム(館長:川淵三郎)では、カタール/ドーハで行われていたAFCアジアカップカタール2011でSAMURAI BLUE(日本代表)が見事に優勝し、日本に持ち帰ったAFCアジアカップを1階エントランスに展示します。 AFCアジアカップは1956年の第1回大会(香港)より同型のカップを使用し、日本は1992年(日本/広島)、2000年(レバノン)、2004年(中国)に続き4度目の獲得となりました。カップ自体は持ち回りで、2015年に開催予定の次回AFCアジアカップ オーストラリア大会の抽選会の時まで日本に置かれる予定です。 【AFCアジアカップ】 高さ:38cm 直径:39.5cm 重さ:約8㎏ ※イベント等への貸出のため、レプリカが展示されている場合もありますので、予めご了承ください。 日本サッカーミュージアム:ご案内 ■ 営業時間 火曜日~金曜日
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