春が来た。花粉の舞う春が。でもノンストップで流れる鼻水隠しの使い捨てマスクをちょいと下げれば、梅やら沈丁花やらのツンと刺すようなあの香りが鼻腔をくすぐる。悪くない、花粉さえなければ。春っていいもんだ。 等々マスクで隠れているのをいいことにブツブツひとりごちながら、10年物のボロベビーカーを押し、この4月から年長に進級する次女の保育園に朝夕往復している。3月も末。 もう赤ちゃんっぽくグデーと寝ることなく、背すじをピーンと伸ばしてベビーカーの先っちょにチンマリ座っている我が家の最終兵器三女(1歳半)は、その行きも帰りもに同行している。だから、勘のいい顔見知りや知人は、こんなふうに声をかけてくることが最近とても多いのだ。 「ああ、この子は保育園、まだなんだね」「この春から入れるの?」 筆者は答える。「そう、まだなんですよう」「いやー、来年の春からです!」 すると「来年? 来月じゃなくて?」と、働
![なぜ「保育園児」は「可哀想」で、「保育園児の母」はディスられ続けるのか? - ライブドアニュース](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/8316527b109ecba2b10d4eaa484665d2bf53ddd2/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fimage.news.livedoor.com%2Fnewsimage%2Fstf%2Ff%2F0%2Ff08e6_982_25d09006fd227bbc81f1e4c9faf0ef84.jpg)