楼蘭という漢字表記は、現地名であるクロライナ(クロラインナ、Kroraina、Kroraimna)、クロレン(Krorän)の音訳である[3][4][5] 。漢代の復元発音ではglu-glânと表記される[6]。 3世紀のカローシュティー文字文書では、王都を意味する語として用いられており、元来都市の名であったものが国全体を指す語として用いられるようになった後も、王都を指す語として継続使用されていたことが知られる。一説にはその原名はインドの地名に由来するとも言われる[7]。 一方漢によって命名された鄯善という名前は、一説には漢にとって「善い国」という意味で「善善」とし、同じ字が続くのを避けるために新字を作って「鄯善」としたといわれる[8]。または楼蘭の南部を流れたチェルチェン河(チェルチェン・ダリヤ)の名をとったものであるともいわれる[8]。 664年に唐の玄奘仏僧は、楼蘭を「納縛波(Naf