日本海軍は、日露戦争中に「八島」「初瀬」の2戦艦を失い、その代替えとしてアメリカからホランド型100トン級潜水艦5隻を購入しました。 これを横須賀工厰で組み立てたのが、日本の潜水艦の始まりであり、日本潜水艦隊の創設でもありました。当時は、「特号水雷艇」と呼ばれていました。 第一次世界大戦での日本海軍の潜水艦建造の方針は、いかに早く日本独自の航洋艇の潜水艦を量産するかにあって、潜水艦を運用した戦術、戦略の基本方針は確立してはいませんでした。 第一次世界大戦後、日本海軍は、ドイツの潜水艦技術に注目して、川崎造船所が停戦直後にドイツの各潜水艦の設計図面を入手することに成功しました。 800トン級の海中型(海軍中型潜水艦)7艦の量産に取りかかりますが、翌年に、このうちの3隻を1400トン級に拡大します。 これが、海大型(海軍大型潜水艦)と呼ばれ、戦艦や巡洋艦で構成される艦隊と作戦行動を共にする巡潜