百輭翁の随筆が面白いという話は、昔から小耳に挟んでいた。挟んでいたにもかかわらず今まで読んだことがなかったのは縁がなかったのだろうけど、仕事の関係で思いがけず読む機会を得てしまった。暇な現場に当ったのだ。 前評判どおりとても面白い。なんでこんなに面白いのだろうと思いつつ読み出したら止まらない。時間は十分あるから百輭先生の飄々とした筆捌きを堪能できてピンちゃん幸福である。 前半はお酒に関するものが多い。まず「翠仏伝」という一編から始まるのだけど、書き出しはこうである。 秋風の吹き寄せて来た夕闇の中から、翠仏が現われて、入口の戸を引っ張った。 「私です。へい。翠仏です」と静かな声で云った。 そもそも「翠仏」というのが何のことだか判らない。たぶん人の名前かあだ名なんだろうと見当はつくけど、ピンちゃん如きの知識では何に由来しているのか見当もつかない。取りあえず読みつづけると、こう続く。 来た時は、