ロシアのバルチック艦隊を撃破した日本海海戦で連合艦隊司令長官の東郷平八郎を支えたのは、作戦参謀を務めた秋山真之だった。秋山兄弟の生家は松山市の私の実家から500メートルほどのところにある。松山城のある高さ約130メートルの城山のすぐふもとだ。 陸軍大将だった兄の秋山好古は、退役すると地元の北予中学校の校長になった。毎朝校門の前に立って登校する学生たちに「おはよう」と言っていたので、当時、隣の小学校に通っていた私の父はよく見ていたそうだ。 秋山真之参謀の知恵が日本海海戦の成果にどこまで貢献したかを知ることは難しい。司馬遼太郎の『坂の上の雲』に書かれている通りではない部分もあり得るだろう。しかし、参謀の役割は大切だ。企業なら経営企画室がその役割を担っている。 参謀や経営企画の仕事は、組織の命運を握る重要な任務を担当している。 中央官庁が「参謀」の役割を担ってきた日本の行政 麻生太郎首相は、3月