ロシア共産党の人々も馬鹿ではありません。当然、何とかしてスターリンを押さえ込もうとします。しかし、32年後半、33年1月に逮捕処刑が相次いだのが前哨戦で、さらに34年12月、党指導部のキーロフ(スターリン派)が何者かに暗殺されたのを口実に、反対派に対する大粛清を開始。まず、キーロフ暗殺の日のうちにスターリンは、刑法を改正。政治的暗殺事件を、10日間以内に、弁護人なしの秘密軍事法廷による裁判に付し、時を移さずに処刑させるものとします。 そして暗殺の疑いというわけで、カーメネフやジノヴィエフといった、ボリシェヴィキ時代からの古参幹部を中心に1108名の逮捕とシベリア送り、うち848名の銃殺が行われます。また、36年~38年には日本のスパイ、ドイツの手先などの口実とで、ブハーリンを始め、数多くの人々が処刑。司法手続きを経た者だけでも137万2393名が逮捕。68万1692名が銃殺。共産党、軍、企