日刊スポーツ評論家の田村藤夫氏(61)が、ニッカンスポーツ・コム内で「みやざきフェニックス・リーグ」をリポートしている。関東第一から1977年(昭52)ドラフト6位で日本ハムに入団。19年に中日を退団するまでの42年間、選手、指導者としてプロ球団に所属して球界を生きてきた。今年はじめて球界から離れ、今までとは違う視点からかつての職場を見る。主に2軍を中心に取材を続ける田村氏の目に、育成の場はどう映るのか。 ◇ ◇ ◇ 私は日本ハムでレギュラーをつかんでから、打たれた配球について、他の選手が聞いているベンチで、首脳陣から詰問されなくなった。チーム内での立場が上がれば、言われなくなるものだ。 つまり、若い時にベンチで叱責(しっせき)される時が、捕手として試される時、ということだ。中には「逆球です」「コントロールミスです」と口にする若い捕手もいた。生々しいやりとりは瞬時に広まる。言葉