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植垣康博と日本赤軍に関するnyamaguchiのブックマーク (2)

  • 『昭和を生きた青春を抉るシンポジウム「浅間山荘から40年 当事者が語る連合赤軍」』

    路上演劇祭から1週間が過ぎた母の日。目黒区民センターに赴く。 5月の穏やかな日曜日を映し出す目黒川、区民センターはその川沿いの公園の一角に位置 する。 目黒区民センターでは、連合赤軍事件の全体像を残す会主催の「浅間山荘から40年 当事者 が語る連合赤軍」をテーマとするシンポジウムが午後1時30分から6時までの4時間30分間予定 されていた。 私自身は、連合赤軍にシンパシーがある訳でもなく、深い関心を抱いている者でもない。 このシンポジウムの企画を知った時に、持ち前の好奇心が頭を擡(もた)げ、恐いもの見たさの 現場主義とやらを貫徹しようと思ったのだった。 戦後の事件史の中でも衝撃度の極めて高い「連合赤軍事件」。 私には、昭和の青春の系譜の中でも見逃すことのできない出来事としてあった。 第1部は、映像で60年安保から全共闘運動、連合赤軍に至るまでを映像で振り返った。 60年安保闘争での国会突入

    『昭和を生きた青春を抉るシンポジウム「浅間山荘から40年 当事者が語る連合赤軍」』
  • 『連合赤軍事件 その1 プロローグ』

    おでんちゃん ブログ レコナー曰く、アメーバピグ主張広場女王らしいですが、実際は、いちご姫と政治広場で世相漫才をしていた者です。現在YOUTUBEの原作者として投稿などしております。 連合赤軍事件を知ったのは、311のおよそ1ヶ月前である2011年2月上旬の事でした。 「連合赤軍事件主犯格永田洋子(ひろこ)氏死去」という記事を見て 当時、20代後半で、自分と同世代の女性が、あんな凄惨な事件を起こした主犯格だったという事に驚きを感じました。 書店で「レッド」という漫画を手に入れて読んだり、ネットで連合赤軍関連の記事を見たりしました。震災前の1ヶ月は、毎晩のように連合赤軍事件について色々考えさせられました。 また、この事件の舞台は、群馬・長野県境のだけではなく、あたしの身近なところでも起こっていました。 あさま山荘事件の実行メンバー 坂口弘、坂東國男、吉野雅邦、加藤倫教、加藤元久 このうちの一

    『連合赤軍事件 その1 プロローグ』
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