靖国神社の境内ほど7月の東京の夜を過ごすのに心地よい場所はないだろう。檜つくりの神門は深い色を湛えて荘厳な構えである。銀杏並木の参道を歩けば、両側から蝉の声が聞こえてくる。神門の向こうには菊の紋章を染め抜いた紫幕が垂れ下がる拝殿が見える。道はちょうちんで照らされ、ここにやってきた人の大半はうきうきした夏祭り気分で、浴衣などを着ていかにも華やいだ雰囲気だ。飲み食いを楽しむ彼らのそばを神輿と担ぎ手が通り過ぎるとさらにお祭り気分が盛り上がる。 こういった靖国神社の夏の行事は日本の敗戦日、8月15日でクライマックスを迎える。まるで19世紀のロンドン、バーソロミューの市を思い起こさせるように、祭りの間は靖国神社の境内は屋台と人で埋まっている。しかし、ここではみんながそろって楽しい祭り気分に酔いしれているわけではない。深い悲しみが刻まれた表情をした一群は、かろうじて生き残った旧日本軍の元兵士たちや遺族