経済にゆきづまると思想に走る 北朝鮮が「思想強国」を自称していると聞いたらどうだろう。なるほど、「経済強国」にはなれないが、イデオロギーの面ではある意味「強い国」だと妙な納得感を覚えるかもしれない。 だが、経済にゆきづまって思想に走るのはなにも北朝鮮だけの話ではない。 経済は元手が必要なためおのずと制約を受けるが、思想は実態がないため際限なく派手な議論ができる。かつて日本も同じ理由で一種の「思想強国」になろうとしたことがあった。 昭和戦前期。日本は、世界恐慌の深刻化と共産主義の流行からくる「思想国難」に悩まされていた。 思想問題を担当する文部省は、これに対処するため、1934年思想局を設置し、1937年『国体の本義』を編纂して、思想の力で国難突破を図ったのである。 この『国体の本義』の内容は、前代未聞のものだった。世界の思想問題は、日本が解決すると言い放ったからだ。 同書冒頭の「緒言」はい