子ども時代、私は親から活動的に動くことを禁じられていた 前回のブログで車の記事を書いて気づいたことがある。私は、18歳まで親から自由に行動することを禁じられていた。すっかり忘れていた。思い返すと、激しく抵抗することもなく私は唯々諾々と従っていたのだった。 家から逃れるために大学に入ることを計画する 虐待親の顔色を窺った 働きながら勉強するには、私は頭が悪すぎるし体力もなかった、おまけに極端な低身長だ。大学の費用を金だけは持っている虐待親に出させるのは理屈に合っている、慰謝料として。そして大学を出たら縁を切る予定だった。 他人なら最初から縁など考えなくてよいのに、加害者が身内なばかりに面倒なことになる。 虐待など関りのない人生を送ってきた方は、ここまで読んで家族への強い嫌悪感に嫌になるのでしょうね、きっと。でも、口に出さないが、加害、被害関係に陥っている家族は結構多いのですよ。 大学に入って
