本稿は『現代思想』2023年6月号 に執筆した論文の転載である(許可済)。基本的に掲載時のままだが、若干、誤字を修正し、文献情報を追加した。また、ブログの仕様上、表記に変更が生じた箇所がある(傍点による強調は太字で代用した)。 1. 法の不知 「法の不知は許さず」という法格言がある。自身の行為についてそれが違法であることを知らなかったとしても、それは免責の理由とはならないとするものである(慣例的に「不知」という言葉が用いられるが、「無知」と同じことであり、本稿でも区別しない)。これはローマ法由来の古い格言だが(”ignorantia juris non excusat” など、いくつかの言い方がある)、日本でも当然のものとされ、現在の刑法38条第3項は「法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる