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  • 【山さ行がねが】道路レポート 塩那道路 (県道中塩原板室那須線) 序

    日本には、まだまだ凄い道がある。 それを、私に思い知らせた道がある。 栃木県一般県道266号「中塩原板室那須線」、 通称 「塩那道路」 オブローダーなら、おそらく誰しもが、一度は聞いた名である。 塩那道路という、愛称とも略称とも取れる道の名前は、そこがただの県道や林道として生を受けた道ではないことを伝えている。 いや、実は塩那道路などという道は、まだこの世には、完全に存在はしていない。 あるのは、将来の塩那道路になるはずだった、パイロット道路と呼ばれる、工事用道路。 そして、辛うじて完成している一部区間である。 塩那道路を一言で言い表すなら、 とにかく凄いところを走る道。 なんと、最高到達高度は海抜1700m。 東北地方には、ここまで高い場所を走る道はない。 塩那道路を擁する栃木県においても、標高でこれを越える道は日光近辺に幾つかあるだけで、稀である。 そして、塩那道路のもう一つの重要なフ

    • 道路レポート

      東北地方でただ一カ所だけの国道不通区間である甲子(かっし)峠。 福島県の中通り(なかどおり)地方と会津(あいづ)地方とを結ぶ、奥羽山脈越えの峠である。 現在、国道は会津側の下郷町からは甲子峠(海抜1300m)まで上れるものの、中通り側である西郷村からは海抜900mの甲子温泉で行き止まりとなっている。 この不通区間には、車道の代わりに登山道が整備されており、おおよそ4kmで通じている。 この登山道国道は、業界ではかなり有名であり、木の棒に真新しそうな国道標識が取り付けられ歩道の脇に設置されている景色を、あなたも何処かのサイトで見ているのではないだろうか? 山行がとしても、当然この登山道区間をチャリで乗り越す事を計画したが、決行日は生憎の雨でガスが酷く、結果的には挑む前に断念することになる。 しかし、私は読者の皆様に二つの約束をする。 ひとつ、私は今後必ずこの区間をチャリで踏破し、レポートをお

      • 道路レポート 尾盛駅への道

        尾 盛 駅 をご存じだろうか。 wikipedia:尾盛駅 には、こう書かれている。 駅周辺に民家は無く、その上駅に通じる車道も1つも無い。このため鉄道でしかこの駅へ来ることはできない。 そのため、一部の鉄道ファンに日本で最も理想的な秘境駅といわれている。 2008年度の年間乗降客数は574人である。 オブローダーというのは、元来「ひねくれ者」の資質を有する。 誰もが使う道ではなく、敢えて裏道を探し、無理に使われなくなった道を辿ろうとする。 「イケナイ」 「行けない」 と言われれば、本当にそうなのかと確かめなければ気が済まなくなる。 「道が無いのに駅があるわけなんてないだろう」 と、そう心から疑う。 そして、「秘境駅ファン」というのも相当に「ひねくれ者」であろう。 非共益の誹りなどどこ吹く風で頑張る秘境駅を愛する者が、 年に500人以上も、 この「どこにも行けないホーム」に降り立っていると

        • 隧道レポート 田代隧道

          2005年12月末に実施した読者アンケートには、この一年の山行がに対する満足度を問う設問があった。 多くのご意見を戴いた中でも、ある一つの意見が、私の胸にグサリと刺さった。 ただ今回「大満足」にしなかったのは隧道のネタが以前に比べて規模が縮小したような感じがしたからです。山行がの特に「隧道」ファンとして、これからの隧道ネタに期待したいと思います。 イタタタタタタタタ… すっげー、痛いところを突いてきてる。 私自身、隧道探索という点ではパンチの弱い一年だったことを認めざるを得ない。 もはや、近場に決定的な隧道が(おそらく)存在しないこともあるし、たとえ遠方まで出張っていったとしても、なかなかどうして並みの廃隧道や、他のサイト様で貫通されている物などでは、私自身が無理に興奮出来るとも思えないところがある。 申し訳ないが、わたしはもう。他のサイト様が「すげー」とか「こえー」と言っている隧道の大半

          • 道路レポート 国道128号旧道 おせんころがし

            残念ながら、外房の海岸沿いを周遊する最初の車道がいつ開通したのかという記録にはお目にかかれていないが、おおむね明治10年代には「房総東往還」が完成したようである。 その後は、道路の開発を鉄道が追いかける形をベースに推移するのであるが、明治43年に勝浦~鴨川間に乗合馬車が運行されたという記録は重要なものであろう。 この時点では間違いなく「おせんころがし」を通過する車道が開通していたことになるからだ。 続いて、今回紹介する区間の歴代地形図を見ていこう。 上図は、ここを描いたものとしては最古の5万図である明治35年版である。 既に「府県道」のはっきりした線で、海岸沿いの道が描かれている。 そのルートは、西側の「小湊」から隧道を抜けて海岸線へ出て、郡境を越えて大沢へ、さらに浜行川(なめかわ)へと至るルートである。 『外房総大沢の生活と民俗』という資料によれば、「おせんころがし」は「大沢から行川に向

            • 【山さ行がねが】道路レポート 清川村道土山高畑線

              <周辺地図> 首都圏を代表する水瓶の一つ、宮ヶ瀬ダム。 神奈川県の中北部、丹沢山系の麓に県内最大級の貯水池「宮ヶ瀬湖」が湛水を開始したのは、平成10年のことである。 都心からわずか50kmという好立地に加え、豊富な自然が色濃く残っていることから、現在では「ダム湖百選」にも選ばれる一大レクリエーションゾーンになっているのだが、この巨大な人造湖の湖畔に通常では辿り着く術のない…“不思議な橋”がある。 そしてこの橋は、観光客や釣り人など湖を訪れる大勢の目に、大変奇異な光景として映っている。 私が“この橋”について興味を持ったのは、かれこれ5年以上も前のことだ。 当時の私は当然秋田に住んでいて、また、20年ほど前まで横浜に住んでいた時分には、この宮ヶ瀬のまだ沈んでいない道を走った事はあった筈だが、ともかく、見ず知らずの「宮ヶ瀬ダム」が興味の対象になる環境ではなかった。 それなのに私が“この橋”につ

              • 【山さ行がねが】道路レポート 都道204号日原鍾乳洞線 旧道

                後にも先にも、山行が史上最悪の路面崩壊といえば、松の木峠の旧道を置いて他にない。 そう信じてきた私だが、レポート公開以来、読者から「もっと凄い場所がある!」 そんな挑戦状のようなメールが、年に数回以上も届けられるようになった。 中でも、複数の人から繰り返し紹介された場所がある。 東京都奥多摩町の日原川流域に、おそらく松の木峠を越える絶望的な崩落地点が、存在するのだという。 促されるようにして、WEB上で見ることが出来た幾つかの現地レポートを見たが… 皆 撤退していた。 だが。 私は、この崩壊地をモニタ越しに何度か見るうち、 「突破できるのではないか」 「言うほど難しいのだろうか?」 そんな疑問を感じるようになっていた。 確かにその崩壊地の幅は、松の木の比ではないように見えた。 だが… 松の木の時のように、チャリ同伴を強制される訳ではないのだ。 極端な話し、山頂まで高巻することだって、谷底ま

                • 【山さ行がねが】隧道レポート 釜トンネル

                  釜(かま)トンネルは、日本で最も良く知られたトンネルのひとつではないだろうか。 一度でも体験すると忘れがたいその姿から、“釜トン”の愛称で親しまれてきた。 釜トンは、長野県道24号上高地公園線上にあり、その起点である国道158号との中ノ湯交差点に面している。 この県道は、世界的山岳観光地である上高地へと至る唯一の自動車道であり、釜トンは開通以来、上高地への「門」として存在し続けてきた。 しかも、その門は大変に狭く、そして急勾配であり… 単純な門と言うより、上高地への進入を物理的に選別する「衛兵」といっても良いかも知れない…。それが、釜トンネルであった。 釜トンならではの狭隘と急勾配のために紡がれた逸話は、枚挙に暇がない。 それを語り始めれば、あっという間にスクロールバーが目一杯まで小さくなってしまうだろうが、敢えて皆様には多くの予備知識のない状態で、この釜トンネルを体験して貰いたいと思う。

                  • 【山さ行がねが】道路レポート 六厩川橋攻略作戦

                    このレポートは、「道路レポート 岩瀬秋町線 (御母衣湖右岸道路)」の続編ですので、先に上記レポートをお読みになることをオススメします。 本編において単に「一昨日の探索」や「前回」という表現を使った場合も、上記レポートで紹介した探索を指します。 東経136度56分54秒 北緯36度7分52秒 今回も懲りずに この地点→ 「六厩川橋」 を目指す。 「前回」は、六厩川橋の約2km手前にあるこの「秋町隧道」で敗退した。 原因は身を以て体験した背丈を超える水没だったわけだが、それをレポートで伝えたところの皆様の感想は、私の健闘を讃えるものが少なくなかった。 だが、私は気付いてしまった。 多くの「がんばった!」の根底に流れているのは敗者への労りであり、慰めを装った“がっかり”感だった。 「おおゆうしゃよ! しんでしまうとはなさけない。」 ぞくぞくと寄せられる「がんばった!」を読みながら、そんな言葉がリ

                    • 道路レポート

                      大峠である。 日本中に無数にある「大峠」の中でも、国道が通っていた物としては 歴史上最も 大きく 高い 峠であった大峠。 山行が永遠のライバル(自称だが…)『ORRの道路調査報告書』が遂に事業着手したことに刺激を受け、この大作に挑む時が私にも来たと、悟るなり。 まずは手始めに、山行が史上おそらく最も大きいフォント(300px)で、本当に大きいんだぞという、有り様を示してみたつもりだが、如何だろう。 本格的なレポを始める前に、今回はまず、諸元について大まかなまとめておきたい。 大峠は、17世紀初め頃、伊達政宗によって開削された道である。 当時記された「会津風土記」には、「路狭くて牛馬通せず難」とあり、米沢街道檜原峠越えに対する脇道でしかなかった。 そもそも、東北6県各県間にある山嶺の中でも、福島・山形の間に横たわる吾妻連峰や飯豊山地は最も高く、最低鞍部の檜原峠でさえ海抜1100mという高さだ

                      • 【山さ行がねが】隧道レポート 上品濃トンネル(未成)

                        mixiの山行がコミュを通じてKubodi氏によってもたらされた情報をもとに、探索を行った。 横浜市戸塚区の上品濃(かみしなの)というところに、未完成のまま長年放置されたままになっていると思われるトンネルがあるとのことだ。 下調べもそこそこに、早速現地へ向かってみた。 その場所は、ここだ。【所在地】 2008/6/27 16:54 横浜市といえば、私が小学6年生までの幼少を過ごした思い出深い街である。 住んでいたのは鶴見区だったが、この戸塚区からはそう離れていない。 だが、東京移住から1年半を経っているのに、いまだ鶴見区には行ってない。 だからなんだといわれると返答に困るが、ともかく、土地勘はないが愛着は感じる。そんな状況での探索であった。 問題の場所は、JR横須賀線東戸塚駅から北西に1kmほど丘を登ったところで、地名は上品濃という。品のあるいい名前である。 周りには夏草の緑が目立つが、既

                        • 道路レポート

                          県道大曲花巻線は、その名の通り秋田県大曲市と、岩手県花巻市とを結ぶ、全長90kmほどの主要地方道である。 その主要な中継地は、秋田県仙北郡六郷町、岩手県和賀郡沢内村などであるが、その路線のほとんどが、奥羽山脈の横断に費やされている。 路線全体が奥羽山脈とのバトルと言っても過言ではない、筋金入りの山岳路線だ。 峠は大きく分けて二つあり、一つは六郷町から県境を越えて湯田町に至る笹峠(海抜620m)と、沢内村から花巻市に至る中山峠(820m)である。 昭和43年に主要地方道に指定された当時は、この両方の峠が不通であり、ほとんど名前だけの県道だったが、平成12年になりやっと、中山峠に近代的なトンネルが開通し、夏期の往来が可能となった。 だが、笹峠については、平成16年現在でもまだ、未開通の不通区間となっている。 笹峠は県境でもあり、中山峠よりも標高は低いものの、脊梁越えである。 この道を初めて拓い

                          • 【山さ行がねが】道路レポート 岩瀬秋町線 (御母衣湖右岸道路)

                            右の地形図を見て欲しい。 これは最新の2万5千分の1図であるが、幅の広い水域を渡る一本の橋が描かれている。 橋には「六厩橋」という注記がなされ、西側の岸辺には三角点がある。 「六厩」は地名で、これで「むまい」と読む。 橋を中心に3本の道が存在する。 一本は南西へ、一本は北へ、一本は東へ放射状に伸びているが、いずれの道も橋の周辺は「破線」で描かれている。 これらの道は、かつてトラックも通る林道だったが、現在は廃道になっているとのことである。 3本が、3本とも廃道になっているとのことである。 現在この橋がどうなっているかを知っている人は、かなり少ないらしい。 だが、そこには大変雄大な、訪れた誰もが息を呑まずにはいられないような巨大吊り橋が架かっているのだという。 この橋が存在する場所は、岐阜県高山市(旧荘川村)と白川村との境を流れる六厩川河口部である。 そこは、巨大な御母衣(みぼろ)ダム湖右岸

                            • 【山さ行がねが】道路レポート 国道293号旧道 越床峠

                              これから、地図上で「越床峠」の歴史をさかのぼる、 時空旅行にお付き合い願いたい。 先に簡単に越床峠の位置を説明しておくと、 …まあ文章よりも地図を見た方が早いだろうが、 栃木県の西南端で足利市と佐野市の境にある、小さな峠である。 地勢的には、奥羽山脈から南に連なる足尾山地が、いい加減関東平野にぶつかって終わろうとする、最後のぽよぽよ。 この ぽよぽよ をサラッと乗り越える峠である。 越床の読みは、「こしどこ」。 意味はそのまま、越し処=峠 ということだろう。 まあ、平凡そうな峠である。 それでは早速、タイムスリッーーープ!! と、その前に、 まず今の地図を見ておかなければね… はい。 どう? こんな感じで、まあこれと言ってコメントのない峠風景である。 もちろん、当サイトの読者ならば、既に峠の旧道に目星を付けているだろう。 ついたよね? では、その答え合わせを、次の地図で…。 皆さん、予想通

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