これは十年ほど前から単身都落ちして、或(あ)る片田舎(かたいなか)に定住している老詩人が、所謂(いわゆる)日本ルネサンスのとき到って脚光を浴び、その地方の教育会の招聘(しょうへい)を受け、男女同権と題して試みたところの不思議な講演の速記録である。 ――もはや、もう、私ども老人の出る幕ではないと観念いたしまして、ながらく蟄居(ちっきょ)してはなはだ不自由、不面目の生活をしてまいりましたが、こんどは、いかなる武器をも持ってはならん、素手(すで)で殴(なぐ)ってもいかん、もっぱら優美に礼儀正しくこの世を送って行かなければならん、というまことに有りがたい御時勢になりまして、そのためにはまず詩歌管絃を興隆せしめ、以(もっ)てすさみ切ったる人心を風雅の道にいざなうように工夫しなければいかん、と思いついた人もございますようで、おかげで私のようにほとんど世の中から忘れられ、捨てられていた老いぼれの文人もま