きょう、おふくろが死んだ。ついさっき実家から電話がかかってきたのだ。もう夜もおそい。通夜にはまにあわない。今日はとりあえず眠ろう。そしてあすの午前中には東京を発たなければならない。ぼくはとりあえず歯をみがいた。血がにじんだ。ぼくはまだ死んでいない。 一人だけ別れを告げなければならない女がいる。ぼくは彼女のことがだいきらいで、彼女のことを考えるだけで精神力をひどく消費してしまう。ぼくは誰かをにくんだりすることなぞまったくないのだけれど、この女だけは例外だ。だからこそ彼女とは離れることができず今日までやってきた。こうしてじぶんの憎しみを持ったことこそがぼくが東京で生きてこられた理由だ。 もちろんこの東京にいる誰もがそういった「憎しみ」と交際しながら生きている。ここはそういう場所だ。「憎しみ」と出会えなかった奴はどんどん脱落していく。ここはそういう場所なんだ。ほんとうは彼女にも名前があるらしいの