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文学と教育に関するsawarabi0130のブックマーク (4)

  • 「なぜ『山月記』なのだろう」新井紀子先生の国語教育への提言

    新井紀子/ Noriko Arai @noricoco 私は「プログラミング教育を公教育に導入することで、1000人に一人くらいトッププログラマーが生まれる可能性もある」という言説が大嫌いです。999人どうすればいいの? 同様に「『山月記』を公教育で課すことで、1000人に一人くらい次の文学を生む可能性がある」という言説も大嫌いです。 2019-01-25 09:23:05 新井紀子/ Noriko Arai @noricoco これは「山月記」を「微分」(数学)といっても同じことです。 「1000人に一人の数学者を出すために微積が必要」と、もしも数学会や数学者が言ったなら、それも私は同様に「大嫌い」といいます。 (元数学教育委員長として、数学会は決してそんな愚かなことを言わないと信じていますが。) 2019-01-25 15:49:24

    「なぜ『山月記』なのだろう」新井紀子先生の国語教育への提言
  • 国語の授業で「山月記」をどう取り上げるべきか - グローバル引きこもり的ブログ

    先ほど「山月記」関連に関するエントリーを2つ書いたが、山月記というのは国語の授業でどのように取り上げられているのか気になったので調べてみた。 ものを書くことを好む人が多いのか、どうも国語教師というのはネットをやる人が多いようで、検索をすると「山月記」の授業に関しても膨大な量のエントリーが見つかる。 それを見ていて改めて思うのは、「山月記」を授業で取り上げるというのは結構難しいなあ、ということだ。 まず、「山月記」が李徴のような人間を煽りまくる目的で書かれたという側面があるのは間違いないだろう。 文学の世界では、今も昔も李徴のような人間には事欠かないわけで、中島敦に李徴のような生き方を批判する意図があったのは間違いない。 中島敦には書くことがなくなったのに作家という肩書にしがみつく職業作家を批判した一文があるが、職業作家に対する認識がこれなのだから、李徴のような生き方をしている者に対する認識

  • 『ごんぎつね』の続きを考えなさいという課題を出すと3割がごんを生き返らせ、3割が兵十を自殺させる展開になるらしい

    おそらく大多数の人が小学校~高校の間に国語の授業で学ぶであろう『ごんぎつね』物語。 「ごん、お前だったのか」というセリフと共に結末が非常に悲しいものとなっているのは有名ですね。 そのお話の続きを考えなさい、という国語の授業があったそうですが、みなさんならどんな物語にしますか?

    『ごんぎつね』の続きを考えなさいという課題を出すと3割がごんを生き返らせ、3割が兵十を自殺させる展開になるらしい
    sawarabi0130
    sawarabi0130 2017/06/11
    ごんを生き返らせるのはジャンプの読みすぎではないか。
  • 小学校の国語の教科書から特に思い出に残っている話をピックアップする - ゆとりずむ

    こんにちは、らくからちゃです。 ちょこっとヘマをしてしまい、今日も元気に休日出勤です(´Д⊂グスン 連休なのに、どこにも行かずに電車に揺られるだけなのも悔しいので、通勤電車で読書の秋を満喫中です。最近は、城山三郎大先生の小説を読むのにハマっておりまして、いつかどこかでまとめが書ければなあと思っている次第です。 濃ゆーい話を読むのも楽しいのですが、ふとたまに、子供の頃に読んだを読み返したくなる時もが有ります。まあ不思議なもので、小学校の時に読んだ話って、結構覚えているもんですね。 今日はちょっとだけ童心に帰って、小学校の国語の教科書から、特に思い出に残っている話を振り返っていってみたいと思います。 ふきのとう くどうなおこ詩集○ 作者: くどうなおこ 出版社/メーカー: 童話屋 発売日: 1996/04 メディア: 文庫 クリック: 6回 この商品を含むブログ (1件) を見る よが あ

    小学校の国語の教科書から特に思い出に残っている話をピックアップする - ゆとりずむ
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