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評論に関するsayumingのブックマーク (2)

  • ばるぼら × 四日市 対談『ヱヴァンゲリヲン新劇場版 : 破』【前篇】 - WEBスナイパー

    ■旧劇場版のラストについて ばるぼら 2009年の現在に『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』という作品を語るには、色々な前提をクリアしていかなくてはいけないと思うんですよ。まず、この新劇場版はもちろん旧テレビ版(1995年〜1996年)と旧劇場版(1997年)を踏まえて作られているわけですけども……。 四日市 旧劇場版のラストってどう解釈してます? ばるぼら シンジがアスカの首を絞めて、最後にアスカが「気持ち悪い」と呟くシーンね。脚段階では「あんたなんかに殺されるのはまっぴらよ」という台詞だったそうだけど、台詞自体は重要ではないと思う。 四日市 みんなLCL(※1)になっちゃうじゃないですか。旧劇場版で生きることを望まなかったのは、シンジとアスカ以外の人間達なんじゃないかと思って。シンジは生きることを望んだけど、そのためには拒絶されなければいけなかった。それで死んだアスカを蘇らせて。 ばるぼ

  • “語りたがり”で何が悪い? 矮小化する「アイドル評論」の今(前編)

    アイドル同様、時代とともに移り変わっていくアイドル評論の世界は、00年代後半、Perfumeや初音ミクといった新しいタイプのアイドル出現によって、その模様を大きく変えつつあるという――。そこで、70年代から現在までのアイドル評論の変遷を辿った。 アイドルの起源について、コラムニストの中森明夫は、自身の25年分のアイドル論考をまとめた著書『アイドルにっぽん』(新潮社/07年)の中で、南沙織を「国産アイドル第一号」としている。南沙織がデビュー曲「17才」をリリースしたのは、1971年6月。南は、同年4月にデビューした小柳ルミ子、10月にデビューした天地真理とともに「三人娘」と呼ばれた。73年には、オーディション番組『スター誕生!』(71年~83年/日テレビ)からデビューした森昌子、桜田淳子、山口百恵が「中三トリオ」と呼ばれ人気を博す。70年代は、歌の巧拙や外見的な価値そのものよりも、存在自体

    “語りたがり”で何が悪い? 矮小化する「アイドル評論」の今(前編)
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