副題をつけるのならば、『6月末に青山霊園で自殺を決意したけど、太宰治に救われた女』でもあるし、『5月から8月、毎週夜行バスに乗った女』でもあるし、『友人に就活楽勝だね、と言われて勘違いした哀れな就活生』でもある。 就活は6月が本番。それは、大手の企業面接が解禁されるからでも、内定がドッと出るからでもない。それらにはじき出された、選ばれなかった私たちNNT(無い内定)が、己の生きる意味と選ばれなかった無価値な命と向き合うことを意味する。 これから就活を続けで、どうなるんだろう。何十社も落とされた私に価値などあるのかな?奨学金の返済金額は400万円。私が死ねば払わなくて済む。どうせまともな職に就けないのだから、せめて親の負担は少なくありたい。 今の私に、奨学金と同等の価値はあるのだろうか。選ばれない私は、生きていてもさほど意味なんかないんじゃないか。大きな『ふつう』の波に乗れず、一般のラベルを