前書き私がこの10年間について想いを巡らせるとき、いつも記憶と知覚の間を刺激し、イマジネーションをブーストさせるのは、2015年に書かれた千葉雅也の「アンチ・エビデンス―90年代的ストリートの終焉と柑橘系の匂い」という論考です。 数年前に本人に取材する機会があり、「私が千葉さんの作品で最も好きなのはアンチ・エビデンスなんです」と伝えた際、彼は「そう言ってくれる人もいるけれど、けっこう誤解されているんです」と、残念そうな表情で答えていました。 かつて――主にテクスト論の文脈で――「誤解」が尊いものであった時代はとうに過ぎ、それは悪となってしまいました。平易な言葉遣いで、意味の取り違えがないように伝えること。ファクトを押さえ、エビデンスもきちんと添えて。この10年代というのは、圧倒的にそういう時代でした。 本稿は、エッセイであり、私小説であり、この10年間で劇的に変わっていった私たちの文化とそ