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佐藤哲也の検索結果1 - 2 件 / 2件

  • 佐藤哲也「魚」

    佐藤哲也氏の訃報に接したときの気持ちをどう表現すればよいのか、正直なところいまだにわからない。私自身は氏の良い読者であったとは決して言えないだろうけれども、それでも、その作品の質に対して、あまりに評価が低すぎる作家のひとりだったとは思っているし、「ひとりだった」と、過去形でいまでは言わなければならないことに対しては、無念である、というのが心からの思いだ。 短編集『町 マラキム』を、Kindleでここ数年にわたり少しずつ読んでいた。どこを切っても面白い短編集で、1話読み終えたときの満足度が非常に高く、焦って読まなくても待っていてくれるテクストだ、と思っていた。その思いは、「魚」を読み終えた今も変わらない。おそらく、10年後の、20年後の私が読んでも楽しめる作品群であろう。けれども、このようなすばらしい作品を読むことができて幸せです、と、氏の目の届きうるところで口にするのが間に合わなかったこと

    • 佐藤哲也におけるベルンハルト受容について|飯島雄太郎

      *以下はGlobal Bernhardというプロジェクトに寄稿した文章(https://globalbernhard.univie.ac.at/autorinnen/japan/tetsuya-satoo/)を和訳したものです。ただしそのまま訳しても芸がないので、ドイツ語版には書ききれなかった私なりの『シンドローム』解釈や同作とベルンハルト作品との類似性について加筆しています。どうぞご笑覧ください。 日本におけるベルンハルト受容が本格化するのは、2004年池田信雄が『消去』を翻訳してからである。この出版によってベルンハルトの名前は広く日本の読者層に広まることになった。佐藤哲也もまたこの時期に消去を受容した一人である。佐藤は次のような言葉で、『消去』を評している。 わたしがこの『消去』という作品に夢中になったのは、ベルンハルトの政治的態度や歴史認識に思うところがあったからではなく、すばらしく

        佐藤哲也におけるベルンハルト受容について|飯島雄太郎
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