気になる記事をスクラップできます。保存した記事は、マイページでスマホ、タブレットからでもご確認頂けます。※会員限定 無料会員登録 詳細 | ログイン (その1から読む) (その2から読む) 横浜市港北区と緑区を対象にした港北ニュータウン計画は、1点、全国のほかの計画と大きな違いを持っていた。経済成長真っただ中の1960年代にあったことが奇跡のようだが、スタート当初からそこでは対象地域内の農業再編をニュータウン開発の目的として数えていたのだ。 『計画的都市農業への挑戦』(田代洋一編)によれば市農政局は当時、農業総合研究所に所属していた渡辺兵力氏をはじめ、多くの研究者を集め、都市農業問題研究会を1968年に結成させた。これは多摩ニュータウンの「酪農ビレッジ研究会」が酪農家からの働きかけで結成されたことと対照的だ。そうした研究会の報告書『都市農業の計画』は、横浜市が施策の対象として追求する「都市