私がポスドクになって今の研究室に来たとき、イトウくんという学生がいた。 彼は学部の4年生で、卒業研究をやっていた。 私と彼は研究テーマが似ていたから、よく並んで座って話をした。 キャンパスのイチョウが黄色くなった頃、 「卒研発表までもう3ヶ月しかないです」と、イトウくんが言った。 「やばいね」と私は言った。 人ごとなので、たぶんニヤニヤしていた。 優しい私は、 「そろそろ卒論も書かないといけないね」と、追い打ちをかけようとした。 すると彼は、 「論文は書かなくてもいいです」と言った。 「えっ、そうなの?」 「はい。発表すれば卒業できます」 それを聞いて私は、 「そうなんだ。楽でいいね」と、心からうらやましそうに言った。 イトウくんは、 「そうですね」と、少し困ったように笑った。 このときのことを、私は今でも後悔している。 なんで論文なんか書くのか 私が卒業研究をやりはじめたとき、当時の先生
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