「私は最も有名な症例なのです。だからこういう人間は最後の息を引き取るまで見守らねばならないのです」 1910年、ウィーンのフロイトの許に、一人のロシア人青年貴族が訪れた。彼の治療は4年に及ぶ。最も重要だとフロイトが考えたのは、患者が幼年時代にみた不安夢で、夢の中では6、7匹の白い狼がある役割を演じていた。そこでフロイトは、この患者を「狼男」と名づけた。 アンナ・O、ドラ、ねずみ男、小さなハンス、シュレーバー……フロイトの有名な症例の中でも「ある幼児期神経症の病歴より」または「症例狼男」は、精神分析史に燦然と輝く成功例として知られてきた。 1972年、著者はウィーンの一角に住む85歳の「狼男」に出会い、92歳のその死まで、インタビューを繰り返した。ロシアでの子供時代の日々、フロイトとの治療の詳細、保険外交員の生活、「自伝」の出版や金銭的な援助をはじめ、フロイト派がこの特別の患者を抱え込んでき
![W氏との対話 | フロイトの一患者の生涯 | みすず書房](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/3d76a30630b1cfde373920a71b71ed23386cb974/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fwww.msz.co.jp%2Ffileadmin%2Fres%2Fcover%2F03%2F03969_1.jpg)