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創作と増田に関するsmartbearのブックマーク (6)

  • 小説が書けない

    ずっと小説家になりたかった。 幼い頃からが好きで、物心ついた時には小説家になりたいと思っていた。 「みのり伝説」というマンガを読んで、ルポライターもいいなぁと思ったこともあったけれども、基的には小説家になりたかった 学校でよく空想に耽り、小説を書いていた。ストーリィはいくらでも思いついたし、どんどん膨らんでいった。 高校、大学と何度も賞に応募しては落選した。 大学3年のときにようやく気がついた。自分には才能はないのだと。 諦めて今の会社に勤めてもうすぐ3年になる。 最近自分を見つめなおす機会が多くなってきた。そして小説が書けない自分がいることに気がついた。 昔はあんなに書けたのに。思いついたのに。考えるのは自分の仕事やプライベートのことばかりなのである。 mixiの日記ならすぐ書ける。どこに行った、何をべた、楽しかった。 でも私はそういう日記を書く大人になりたかったわけじゃないのだ。

    小説が書けない
  • 全てのコンテンツビジネスがキャラクタービジネス化してるの

    http://anond.hatelabo.jp/20090308152436 ちょっと前にゲーム業界で働く友人と日ゲーム性の高い洋ゲーが売れないのは何故だろうねぇ? ということを飲みながら話をしてたときに友人がいったのが、 「日人はゲーム性なんか求めてないから、求めてるのはキャラクター性」 つまるとこキャラクター性がないから洋ゲーは売れないと。 音楽もそうだよな。重要なのは音楽性じゃなくてキャラクター性。 リア充は、羞恥心みたいなキャラクター性、オタクは、初音ミクみたいなキャラクター性で音楽を買う。 中田ヤスタカのcapsuleは売れないけど、Perfumeは売れる。 その差はやっぱりキャラクター性がたってるかたってないか。音楽性は求めてないの。 小説だってライトノベルが流行して売れるのはキャラクター性があるから。 アニメでもヒットするのはストーリーよりもキャラクターに魅力があるか

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  • 陳腐な文章しか書けない

    最近、ものを書くことって大切だよなと思って練習し始めた。 読まれているかもしれないと言う可能性がモチベーションにつながるので、キーワードからのアクセスとかがあるはてなにした。 内容は、社会に対して思ってることとか趣味についてとか、まあ良くあるやつ。 これが中々、というかものすごく難しい。物書きってすごいんだな・・・。 書いては消し、書いては消しの繰り返し。推敲って言うレベルじゃない。書きはじめた時と結論違うしwww まあ、それはいい。 問題と言うかへこんだのは、「自分の意見」と言うものがほとんどないことに気がついたこと。 書き終わると大抵「なんかありきたりな結論だな」とか「だから何?」と言う文章が多い。 かといってはじけると、「それはねーよwww」とブレーキがかかる。自分でもおかしいと思う文章を公開するほどMじゃない。よって没。 こんな経験から、自分は大部分をマスコミやネットの情報から構成

    陳腐な文章しか書けない
  • 才能がない、ということに気がつくということ。

    今って、クリエイティブな仕事に就こう!という風潮が強くて、誰でも学校とかに行けば「そうなれる」かのような幻想が満ちあふれている。恥ずかしながら、自分もそうだった。だから、以下に述べるようなことは自己責任の産物でもある。 押井守さんの『凡人として生きるということ』という新書で、「まず最初は自分には何の可能性もない人間なのだと実感すること」というような記述があったけど、この文には現実認識という意味でも、人生における処世術、という面でも、賛成する。 別に絵が描けなくたって、文章が書けなくたって、それが誰にも認められなくたって、死ぬ訳じゃあないけど、それを自分の心のよすがにしてきた人間には、自分にはその分野で活躍していくような技能も才覚(つまりは才能)がない、と気がつくことはとてつもないショックを伴う。 自尊心を保つために「これは趣味」なんだから、という風に納得してみせたような顔をするのも、何か自

    才能がない、ということに気がつくということ。
  • 貯金が200万円まで行くということ

    ボーナスが入って、貯金が200万まで行った。 その額を少ないと思うか、多いと思うかはここを読んでいる人それぞれのことだと思う。 けど、僕にとってはこの額を貯めることがとても大事なことだったのだ。 実は今年の初めあたりに、小説のある新人賞を取ることができた。その賞金が200万円だった。 友人以外で自分の小説が認められるというのは初めてのことだったし、その賞の投稿数がかなり多かったのでその中から僕の作品が選ばれたということはとても誇らしいことのように思えた。 しかし、様々な事情があり僕はその賞を辞退せざるを得なくなり、当然その作品の商業出版もなくなってしまった。 事情が事情だけに、悲しみよりも怒りしか湧いてこなかった。 僕が憤慨したのには様々な理由があるけど、ここでは書かない。 そのような憤怒の中で「あんな賞などいらん!」という気持ちになったし、たとえ過去に戻れることがあったとしても僕は絶対に

    貯金が200万円まで行くということ
  • 講談社編集部の姿勢に物凄く頭にきた。

    id:y_arimのブログにある滝竜彦の記事読んでいてさ、大大大ファンの滝竜彦の近況が久しぶりに読めて、当に幸せな気持ちになっていたワケ。俺も頑張らなきゃなぁって思ったりね。はてブもしっかり読んでみんながタッキーを好きなのを再確認したりさ。 でもさぁ、せっかくの幸福な気分だったのに、ついでに読んだトラックバックの中にある一つの記事に、俺の心臓はエグられたんだ……。 http://d.hatena.ne.jp/kossetsu/20081025/p1 これだよ、これ。 あのさァ、俺はこれまでファウスト賞と流水大賞への投稿経験があるの。自称したくはないけどワナビーなんだよ。 投稿するたびに落とされ、酷評され、痛い子扱いされたりしたわけだ。でも、俺は悪く言われてもそのことには怒りを感じてなかったよ。 むしろ、素人の作品をキチンと批評してくれる良い人たちだと思ってたよ。その言葉を糧に修練を重

    講談社編集部の姿勢に物凄く頭にきた。
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