「Hello…」 震えるようなしゃがれた声といっしょに、『カチャカチャ』と食器がぶつかる音がドアの向こう側から近づいてくる。 その三畳程しかなくベッドを置くのが精一杯の小さな部屋で寝込んでいた僕に、パーキンソン病が発症し始めているインド人のモーガンさんは、震える手でホットチョコレートをこぼしながら持ってきてくれた。 彼はインドからイギリスに渡ってきたファーストジェネレーション、つまり一世である。決して富裕層ではないが、どのような苦労をして、その地で不自由なく生活することができる成功を手にしたのかは知らないが、ロンドンのゾーン4に一軒家を持ち、メルセデスに乗り、スイス人の奥さんと二人で暮らしていた。 息子と娘がいるが既に子ども達は独立しており、その息子の紹介ということで、余っている部屋を、行き場がなくて困っていた僕に貸してくれた。 これは、もう20年以上も前の話だ。 当時の僕は、イギリスに来
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