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オタクに関するsonotokiのブックマーク (2)

  • そのひとつは絶望 - 有給の風邪伝説。

    世代間の埋めようがない溝を自覚すること程がっくりくる事はないな… というか、「世代」というものが存在するという事を自覚することががっくりだな… それは、例えばいくら一つの対象に惚れ込んでいても、過去と現在じゃもう何かが違うんだ。 思い出してもみろよ、自分。 中学校の時ハマって一夏サルのようにやりこんだサガ2は、既にあの頃過去のゲームだっただろう? 「マダラ」だって、ハマった時は連載が終わってた…かどうかは知らないけど、雑誌はもう無かった気がする…だろ? 「NIGHT HEAD」もハマった時はとっくの昔に終わってビデオのパッケージがレンタル屋で色褪せてたじゃないか。 もちろん高校のマンガアニメ同好会とやらで話が通じるのはギリギリFF7・FF8までで、FF9はリアルタイムでやってなかったしFF10はそもそもハードが無かったよな?もちろんそんな環境じゃFF5をやってる人間も殆ど居なくて(一人二人

    そのひとつは絶望 - 有給の風邪伝説。
  • 惑星開発委員会、宇野常寛氏のオタク言説に感じる違和感 - 世界のはて

    「PLANETS vol.3」を今読み中なんだけど、その途中で感じたことをメモ。宇野氏は作品の「内容」に視点が傾きすぎじゃないだろうか。 オタク文化には作品の「内容」の他に、作品をコミュニケーションの「ネタ」として消費するという側面もあるのだけれど*1、そこへの視点が決定的に欠けているというか。宇野氏はこの視点を欠いたまま、オタク系作品の「内容」だけを語り、「オタクは現実から引きこもるセカイ系で古くてキモい」という話に持っていくのだけれど、オタク系コミュニティにとって「内容」がそこまで重視されているのかは、はたはた疑問。 オタク作品を、内向の道具ではなくコミュニケーションを円滑にするためのツールとして見れば、宇野氏がいうような「キモい」オタク像とはまた違ったものが見えてくると思うのだけれど、そのへんを彼はどのように考えているのだろうか*2。 *1:「非モテ」もこういった側面は強い。 *2:

    惑星開発委員会、宇野常寛氏のオタク言説に感じる違和感 - 世界のはて
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