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人生と就職に関するsoresoのブックマーク (4)

  • 年俸330万→650万の転職と上京と雷鳴|山本一郎(やまもといちろう)

    少し前の話だし、人にも書いていいと言われたので、特にエモくはない転職の話を書く。 宮さん(仮名)はネットでしか知り合いではなく、たまにネットでゲームを一緒にやる程度の仲だったのだが、そのネットゲームの日人ギルドが解散することになって界隈がお通夜になってからしばらく連絡を取らなくなった。どのようなゲームでも、やり込んだジャンルの衰退に直面するのは辛い。でもまたどこかで彼とゲームできる日が来るといいなと思ってはいたが、日々慌ただしく暮らしている中で彼のことをすっかり忘れていた。 その宮さんからある日突然メッセが飛んできて、相談があるという。 何の相談だろう。 相談に乗ると言っても、そもそも「宮さん」という以上の情報を持っていない。美少女の雷系の魔法使いということしか分からないのだ。ゲームの腕は確かだったし、ログイン状態であれば呼べばすぐに来てくれる、一緒にやれば、期待を裏切らない程度

    年俸330万→650万の転職と上京と雷鳴|山本一郎(やまもといちろう)
  • ほぼニートになって20年経つけど

    あまりに無味乾燥すぎる時期が度々くるので自分にはあまり向いてなかったな、と思う。 ニートで困るのは人間関係と金銭関係。 そもそも家族に恵まれてないとニートにはなれない。 みんながみんなネットとかゲームとかで一人で生きていくの平気で、家族が甘やかしてくれるのならよいのだけど。 多くの人は、まずは家族等の目があるから仕方なく働くという選択肢を選びがち。(もちろん金銭的に余裕もない家庭が多いだろう) 増田ニート初期はネット関係の仕事してる(実際に多少はしてたけど平均したら月数千円の収入)と体裁を保ってた。 友達ととか元同僚ととか近所の飲み屋とかで飲んで喋る時も、昔はニートって自虐ネタにしつつも、ネット関係の副業的なのでたまたま稼げた月の話を繰り返して、完全ニートではないんだよとアピってた。 人と繋がるのにニートだと凄くメンタル強くないと難しい。開き直ってしまえば簡単なのかもしれないが、見放され

    ほぼニートになって20年経つけど
    soreso
    soreso 2022/03/31
    “労働の負荷が、働かないことによるマイナスよりも小さいと感じてるんだろな。”
  • 新卒以来ポンコツ社員として名を馳せ続けて10年が経った

    社会に出た23歳の時と比較して変わった点を簡単に振り返ろうと思う ・子持ちになった。 社内カースト最下層の自分でも結婚はすんなりできたし、社内カースト上位の先輩や同期でも未婚はいる。 あまり関係ない。 ・出身サークルにOBとして顔出したり、就職課主催の就活シンポジウムに積極的に参加したりするようになった。 家族以外から大事にされなさすぎて、一回り年の離れた後輩たちと絡みたい欲求が爆発した。 ・学生時代からの友達が激減。 会社で立場なくなるに連れてメンタルが不安定になり旧知の人間に対して嫌われる言動行動を取ってたと思う。 ・Twitterのフォロワー数が全く伸びない。 社名晒すだけで勝手にフォロワー増える人が羨ましい(外資コンサルとか)。 ・Twitterで有名人にリプ飛ばすようになった。たまに人から反応もらえると多幸感に包まれる。 ・新卒入社の後輩が自分の係に配属されるとめっちゃ嬉しい

    新卒以来ポンコツ社員として名を馳せ続けて10年が経った
  • とある女がプログラミングに救われた話

    駄文なので最初にまとめておくと、知識ゼロ異業種から転職して何とかエンジニアとしての人生を始めました、という話。経歴がショボすぎて誰かの道標にすらならないだろうけど書き残しておく。実名で書く勇気はないので増田にて失礼。 ・芽生えPCを初めて触ったのは4歳の頃。 父が仕事で使うと言って、ThinkPadを買ってきた。 黒くてごついボディが幼心にぐっときたのを覚えている。この記憶があったためか、初めて自分で購入したPCはThinkPadだった。 ・小〜中学生我が家にインターネット開通。深夜に親が寝てからこっそり2chとニコニコ動画を見ていた。PS2でドラクエ8をやってグラフィックに感動する。まだプログラミングという言葉は知らない。母親のヒステリーと父親の拳骨に耐える日々だった。 ・高校生地元の高校に進学。友人とホムペ(死語)を作成。html/CSSで文字の色か変えられたりアニメーションをつけら

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