学生のころ、阿佐田哲也の麻雀小説が好きだった。博打にも無頼にも縁遠い存在だった自分だからこそ、そうした世界に憧れを持ったのかもしれない。しかし、阿佐田哲也という人は情感と理性に絶妙なバランスを持った人で、その小説にはときどき非常に理論的な戦略解説がはさまれていた。 いまでもよく覚えているのは「茶木先生」という名前の音楽教師が出てくる短編で、この人はヴァイオリン・ケースをかかえながら、下手の横好きで雀荘に通ってくるのだ。勘に頼った彼の打ち方を見て、阿佐田哲也の分身である主人公が、いう。『麻雀は一回の結果だけ見て判断の良し悪しは言えない。長い平均で見て55対45の確率があるならば、55の方に賭ける。たとえある局面ではそれが裏目に出ても、腐らずに打ち続けることを学ばなければならない。それがフォームというものだ。』 麻雀自体はひどく運に左右される不確実性の高いゲームだが、そこにセオリーとフォームと