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直感的作業に関するt-murachiのブックマーク (3)

  • 論理的思考の放棄3-登 大遊@筑波大学情報学類の SoftEther VPN 日記

    先日の日記で「論理的思考の放棄」というのを書いたが、効率的に作業を行うために論理的思考を放棄したいと思った場合でも、初めのうちは結構難しい。 何も考えず作業に没頭しようとすればするほど、何か論理的なことを考えてしまったり、関係無いことを考えてしまったりすることがある。 そのような時にどのようにすれば、色々な考えが出てくるのを防ぎ、作業に没頭することができるのか、ということに関心のある方は多いと思うが、その最適な方法は人によって異なるので、これが良いというようなことを論理的に説明することは難しい。 一例を挙げるので、もし試してみたい人はやってみてください。 何か重要な作業を効率的にしようと思うのに、次々と考えが思い浮かんでしまい集中できないときは、まず、頭の中で、以下のように上下左右に強力な磁石のようなものが設置されている様子を想像する (ここで磁石には N 極と S 極があるがどっちの方向

    論理的思考の放棄3-登 大遊@筑波大学情報学類の SoftEther VPN 日記
    t-murachi
    t-murachi 2007/03/27
    コメント欄にて書いた通り。おいらは調子いいときは鼻歌が出たり、リズム取ってたりすることが多い。最高に集中しているときはむしろBGMは無いほうがいい。
  • 直感的作業はすべてに応用可能か?: 国民宿舎はらぺこ 大浴場

    論理的思考の放棄 (登 大遊@筑波大学情報学類の SoftEther VPN 日記 さま) 論理的思考の放棄2 (同上) 個人的には、この文章にはあんまり言及しない方が良いのではないかと思っています。が、敢えて言及したくなってしまうのは、コメント欄での、氏と他者とのやり取りがあまりにも噛み合っていないから。でも、ここでおいらが茶々を入れてみたところで、一般人には一定の理解を示されたとしても、そうじゃない人にはやっぱり「いや、そういうことじゃないんだけど。。。」と言葉を濁されてしまうんじゃないかという気がする。それだけ、感覚的な違いっていうのは、言葉にするのが難しいってことなんじゃないかな。 例えばおいらなんかは、最初にこの文章を読んだとき、それはすなわち「ネイティブであれ」ってことなのかと思った。日人が日語を習得するのに論理的である必要はまったく無いし、アメリカ人にとっての英語も同様。

    t-murachi
    t-murachi 2007/03/26
    だめだ、おいらが書くとどうしても学習論になっちゃうなぁ。絶対そういうことじゃないはずなんだけど。。。
  • 論理的思考の放棄 - 登 大遊@筑波大学情報学類の SoftEther VPN 日記

    僕は、1 日に少なくとも 3,000 行程度、多く書くときで 10,000 行以上のプログラムを書くことができる。その結果、多い月で 10 万行 / 月くらいである。なお、言語は書くソフトウェアの性質上、大半が C 言語である。 また、プログラミングにはバグが付き物だが、ここ 2、3 年の間は、発生するバグの数を極めて少なく保つことに成功している。 とても大きく複雑で、かつレイヤ的に OS に近い処理をたくさんやるプログラムを書く場合は、プログラミングをするときでも、事前の設計が極めて重要となる。設計をうまく行わないと、後になって全面的に書き直しをしないといけなくなったり、パフォーマンスが低下したりする原因となり、開発者の苦痛の原因となる。 当然のことながら、これまで書いたいくつかの大きく複雑といえるソフトウェアの大半の設計も、自分で行った。いかなる場合でも、設計は、最初の 1 回目で確定

    論理的思考の放棄 - 登 大遊@筑波大学情報学類の SoftEther VPN 日記
    t-murachi
    t-murachi 2007/03/25
    興味深い。確かに調子がいいときほど、それがプログラミングの完成であることに気付かないことが多い気がする。いつの間にか出来上がってた、みたいな。調子が悪い日ほど変数名を一生懸命考えたりするしw
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