「競争戦略」のための「協力戦略」 ――日本の「自由で開かれたインド太平洋」戦略(構想)の複合的構造―― 神谷万丈 防衛大学校教授 はじめに 近年、「自由で開かれたインド太平洋」戦略(構想)は、にわかに「日本外交の最重要のアセット1」としての位置づけを与えられるようになった。「インド太平洋」概念に早くから注目し、それが日本の地域安全保障政策の中核概念たり得るかを論じてきた筆者としては2、感慨深いものがある。 だが、この戦略が何を目標にしたいかなる性格のものであるかについては、必ずしも明確ではない。特に複雑なのは、日本のインド太平洋戦略に、中国に対する「競争戦略」としての側面と「協力戦略」としての側面が併存していることである3。しかも、その傾向は、最近ますます顕著になっているようにみえる。後述するような経緯からみて、日本で「インド太平洋」という地域概念が語られるようになった出発点としての動機が