福田 和子(ふくだ かずこ、1948年1月2日 - 2005年3月10日)は、松山刑務所事件の被害者であり、1982年(昭和57年)8月19日に発生した松山ホステス殺害事件の犯人である。犯行後、時効直前の1997年(平成9年)7月29日に逮捕されるまで約15年にわたり逃亡したことで広く知られている。 1948年(昭和23年)1月2日、愛媛県松山市に生まれる。 幼くして両親が離婚、母親に引き取られ愛媛県川之江市(現:四国中央市)に移る。母親は自宅で売春宿を経営していた。その後母は漁師と再婚、来島に移るが島の排他性に耐え切れず、母子で今治市に移る。愛媛県内の高校に入学するものの、処女を捧げた交際中の同級生が事故死し、自暴自棄になり3年生の1学期に退学する。 17歳のとき、同棲していた男性と高松市の国税局長の家に強盗に入った罪で松山刑務所に服役。その服役中の1966年(当時18歳)、第1次松山抗