下西 風澄 @kazeto 「主語がでかい」というtwitterでよく見る意見。「主語がでかい」のではなく、「述語が粗い」と言ったほうがいいと思っている。哲学だと「世界は」とか「存在は」とか最大級の主語を立てる代わりに、述語をいかに精確に論ずるかを試みて知を発展させてきた。主語の撤退ではなく、述語の洗練を。 2021-03-17 20:36:26 下西 風澄 @kazeto 哲学を中心とした執筆。 「生まれ消える心─傷・データ・過去」(『新潮』2023.5)、「演技する精神へ─個・ネット・場」(『文學界』2023.6)、「ぼくは言語」(『群像』2023.8)、 「青空を見つめて死なない」(『ユリイカ』2024.4)他。 https://t.co/hHBVPCZFxN kazeto.jp
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