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EducationとBlogに関するwebmarksjpのブックマーク (23)

  • あんたジャージでどこ行くの 大学名を書く学生さん

    ブロガーには学生さんが多いわけですが、大学名を公表している人もたまにいる。僕の感覚では、慶応の学生さんに多いように思う。プロフィールの欄に誇らしげに並ぶ「慶應義塾大学」の文字。 それだけでも僕にはずいぶん面はゆいというか、若気の至りだなあ、とか思うわけですが。 その人の書いた文章が「いかにも中学・高校くらいの文学少年/少女」って感じだと、なんか「この人には愛校精神という言葉は無縁だな」とか思う。 ブランド校の中には、ブランドを築き上げるような人と、ブランドにぶら下がっている人、という二種類が存在する。後者に属するのは惨めなことだ。

  • 蜂須賀電設 : 小学生にシャーペンを使わせない、電気的な理由

    電気屋備忘録「小学校」。なんと懐かしい響きでしょうか。電気屋になって数年、最近は「学校」という言葉にさえも懐かしさを感じるようになってきた筆者。小学校といえば、ふと思い出すのが「きまりごと」。例えば、「廊下を走ってはいけない」とか、「階段を『1段抜かし』で上り下りしてはいけない」とか。今思えばどうでもいいことでも、当時は立派な規律として認知されていまして、もしもそれを破ったら帰りの会なんかでつるし上げられ、みんなの前で頭を下げざるをえない状況に追い込まれたり・・・。そんな数あるきまりごとの中でも、筆者が納得できなかったのが「シャーペンを使ってはならない」というもの。筆者の通った小学校に限らず、日の多くの小学校ではシャーペンの使用を禁止し、鉛筆の使用を推奨する傾向が強いようです。廊下を走ったり、階段を1段抜かしで上り下りするのは安全面で非常に危険な行為ですから、当然禁止すべきでしょう。しか

  • 「水からの伝言」と「できる人のジレンマ」 / 平林 純@「hirax.net」の科学と技術と男と女/Tech総研

    (続編は「図解 できる人 v.s. できない人」と「図解 できる人のジレンマ (水からの伝言 編)」です) 昨日、二つの文章を読みました。その一方は『「水からの伝言」を信じないでください 』というWEB上の記事で、もう一つは『なぜ、「できる人」は「できる人」を育てられないのか? 』というです。同じ日に読んだせいでしょう、この二つの文章が(私の印象では)とても重なり合っている感じを受けたのです。「重なりあっている」といっても、主張が同じだという意味ではありません。『「水からの伝言」を信じないでください 』という実に真摯で心から丁寧な文章が、『なぜ、「できる人」は「できる人」を育てられないのか? 』の題材そのままに(ふと)思えたのです。このの中にある小題、例えば「じっくり丁寧に教えれば伝わるものだと思っている」 「自分で決めた”わかりやすさ”の危険」 という言葉が頭の中に浮かんだのです。