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歴史と角川に関するwsswsのブックマーク (2)

  • ラノベ史探訪(2)-「スニーカー文庫」:名称の公募から決定まで【後編】

    ラノベ史探訪(1)-「スニーカー文庫」:名称の公募から決定まで【前編】 に続き、今回の【後編】では名称公募の経過からその決定までの流れを追っていきたいと思います。 【応募多数による発表延期】 「最優秀作品には賞金100万円」という告知で始まった「角川文庫・青帯」の名称公募。やはり高額な賞金のためか、かなり多くの応募があったようです。角川書店は当初、結果発表を1988年10月下旬の「朝日新聞」で行うとしていました。そこで実際に当該時期の同新聞を確認したところ、意外なことに、発表時期を延期する以下のような告知が掲載されていました。 (「朝日新聞」1988年10月30日朝刊掲載の角川文庫広告より) 「角川文庫・新シリーズ(青帯)のネーミング募集」に多数のご応募をありがとうございました。応募多数のため現在整理検討中です。勝手ながらネーミングの発表は当初の10月下旬を12月下旬予定に延期させていただ

    ラノベ史探訪(2)-「スニーカー文庫」:名称の公募から決定まで【後編】
  • ラノベ史探訪(1)-「スニーカー文庫」:名称の公募から決定まで【前編】

    角川スニーカー文庫 (以下、スニーカー文庫)といえば、水野良『ロードス島戦記』シリーズや谷川流『涼宮ハルヒ』シリーズで知られるライトノベルレーベルであり、富士見ファンタジア文庫と並ぶ古参レーベルのひとつとして知られています。その誕生は1980年代後半、ちょうど「ライトノベル」という名称が誕生する少し前のことでした。 1987年10月に「現代日文学」分類の「角川文庫・緑帯」から「角川文庫・青帯」として独立、1989年2月に公募で選ばれた「スニーカー文庫」の名称が巻末の既刊紹介や帯で使用され、1989年8月に「角川スニーカー文庫」として正式に創刊。そのため通巻番号とカバーをはずした体表紙デザインは角川文庫と共有している。現在はいずれも角川グループ系列の電撃文庫(アスキー・メディアワークス)、富士見ファンタジア文庫(富士見書房)と並ぶメジャーレーベルである。 (Wikipedia「角川スニー

    ラノベ史探訪(1)-「スニーカー文庫」:名称の公募から決定まで【前編】
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