1980年代の「沈黙三部作」(『シテール島への船出』『蜂の旅人』『霧の中の風景』)を経て、本作『こうのとり、たちずさんで』でアンゲロプロスは、始めて明確に視覚化された国境を描いた。確かに「国境」は、長編第三作目の『旅芸人の記録』以降、アンゲロプロスにとっての大きな主題でもあった。しかし国境が、暗示にとどまらず、「具体的に」姿を現したのは、全作品中、本作が始めてではないか。 国境の馬鹿らしさは、「具体的に」国境に立てば分かる。俺自身の経験に則して言えば、1996年8月、南北朝鮮を分断する板門店の停戦会談場の、軍事分界線(北緯38度)の手前約10センチの所に「たちずさんだ」時の感慨だ(『JSA』の項参照)。 実際に地面にペンキで書き引かれた国境線。小銃を向け合う南北朝鮮の兵士。とはいえ、北側から立ち現れた派手な日本のロック・ミュージシャンに、韓国兵達は、まず驚き、こちらの笑顔に、笑いながら手を