Home TAP the SONG 浅川マキと寺山修司~美空ひばりが大好きだったことと、詩人であることが共通していた二人 - TAP the POP 寺山修司が知人の音楽プロデューサーだった寺本幸司に誘われて、銀座にあったシャンソン喫茶『銀巴里』に出かけたのは、1968年の秋口のことである。 その頃の浅川マキは歌謡曲の「東京挽歌」でレコード・デビューしたものの、商業主義の軌道にはまったく乗れなかった。 だから歌を唄える場所はキャバレーか、シャンソン喫茶の『銀巴里』ぐらいしかなく、それも月に3回くらいしか仕事にならないという状態にあった。 寺本はマルチアーティストとして注目の存在だった、寺山修司に声をかけて歌を聴いてもらうことにした。 「ちょっと面白い歌手がいるから見に来てくれないか」 寺山修司はひと目で浅川マキを気に入ったようだった。 そして寺本に「彼女、詩人だね」と言った。 一緒に聴いて