『上京十年』(益田ミリ著・幻冬舎文庫)より。 (「譲れないこと」というエッセイから) 【今年に入って習いはじめたピアノを少し前にやめた。別にピアノが嫌になったわけではないのである。 レッスンの日にうまく弾けない曲があった。先生の説明はよくわかるのだが、頭で理解したからといって指がすぐに動き出すというものではない。焦れば焦るほど緊張して、もっとできなくなっていくわたし。どうしよう……。モタモタしていると、先生がこう言った。 「違う、違う、ほら、もう一回、どうしてできないの?」 わたしはこの瞬間、ピアノ教室をやめようと思ったのである。 どうしてできないの? 学校で、習い事で、塾で。子供の頃、よく大人からそんな言葉をかけられたものだ。言う側は別に怒っているのではなくポロッと出るのだろうが、言われたほうはできない自分を責めてしまう。幸い、うちの親は口にしなかったけれど、わたしは、ずーっとこのセリフ
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