不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。 「デザインの現場に元気がない理由?」でも書いたとおり、近代以降の社会というのはバウハウスに代表されるデザインでの実践でもみられるとおり、機械論的なモデルで普遍的(ユニバーサル)なものを目指しました。 再現可能性、自然の分離可能性を前提として、誰が試みてもおなじ結果が得られるような物事を中心に扱い、また、それを目指すことで「改善」が図ることができ、不確定なものを排除し、快適なコントロールが実現できるだろうと夢見られてきました。 しかし、その夢ももはや夢だとわかり、現実は理想のモデルを失い、明確な方向性を見出せずにいます。しかも、たちが悪いことに理想を失いつつもモデルそのものは形骸化したまま、動き続けているものだから、記述可能(再現可能)なモデルで将来の制御が可能であるかのよう