週報 2024/04/28 川はただ流れている 4/20(土) 初期値依存性 さいきん土曜日は寝てばかり。平日で何か消耗しているらしい。やったことと言えば庭いじりと読書くらい。 ベランダの大改造をした。 サンドイッチ 一年前に引っ越してからこんな配置だったのだけど、さいきん鉢を増やしたら洗濯担当大臣の妻氏…
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一ヶ月の間一緒に住んだ。二ヶ月の間、病院で過ごした。短い結婚生活が終わった。 脳幹の梗塞、ということで一度医師団に見放された後に奇跡的に復活したという話はここに書いた。その後の脳の機能回復は私からみるかぎりかなり目覚しく、瞬きを使ってどの曲を聴きたいか、などのコミュニケーションを交わすことができるようになるまで回復した。一方で脳ではなく体の予後が思わしくなかった。初期の激烈な血圧上昇剤投与を停止したことによる副作用と思われる虚血による後発性肝内胆道炎を起こし、おそらくそのことが原因となった肝膿瘍が発症からちょうど2ヵ月後に発見された。細菌の感染も軽微ではあるが、抗生物質で完全に排除することができなかった。脳、肝臓、感染の三つ巴のなかで、治療方針は難航を極め、集中治療室を出ることができずに時間ばかりが過ぎた。この間に私はリハビリについて調べ、特にリハビリの専門家であるバーバラ・ウィルソンの著
22歳。社会人1年目。 久しぶりに父親と話した。 最初は心療内科に行きたいという話をするつもりだった。 そしてぶっちゃけ仕事をやめたいと。 内定を最初にもらったからという いい加減な理由で選んだ職場は 離職率の高いハードな環境で。 最初のうちはがんばってやろうと思ってたけど ひとつのミスがきっかけで 見事なまでに五月病に陥った。 悲しくもないのに泣くようになった。 人前で笑えなくなった。 自分を病気だと思い込んだ。 めちゃくちゃ怒られると思った。 昔からいい加減なことは許さない父親だったから。 むしろ甘ったれな自分を叱咤激励してほしい。 そんな気持ちで父親と話をした。 でも父親は怒らなかった。 自分の話をとりあえず聞いてくれた。 そして言った。 自分をもっと大切にしろ、と。 お前は職場とプライベートの自分を分け切れていない、と。 仮に職場で評価されなくてもそれはお前そのものの評価ではない、
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