織田信長の子、信忠の菩提を弔う為、信忠が討たれた二条御所跡(烏丸御池)に創建した寺院。信忠の法名から、大雲院名付けられたと言われています。寺内は通常は非公開なので、あまり知られていない幻の銀閣寺とも言われています。 1.大雲院 銅閣寺とは?織田信忠の菩提を弔う為に創建された後は、京都改造を理由に豊臣秀吉の命にて天正18年頃に四条に移っります。後陽成天皇により勅願所ともなったようです。幻の銅閣寺とも呼ばれていますが、通常は拝観は出来ず「京の夏の旅」キャンペーンで公開されることがあります。境内墓地には石川五右衛門の墓があることはあまり知られてはいません。 2.大雲院 銅閣寺のみどころ1、大雲院 銅閣寺前見た目には普通の寺の景観ですが、入口から大きな銅閣寺が見えます。1928年帝国ホテルの創立者大倉喜八郎が別荘立てた場所を、1972年に四条寺町元大雲院がこの場所に移転。別荘の庭園に本堂を建て