1927年、京都市に生まれる。溥は任天堂創業家の生まれであり、創業者・山内房治郎の曾孫に当たる。 幼少時に、父・山内鹿之丞(婿養子。旧姓:稲葉)が近所の女性と駆け落ちして失踪した後、祖父母に育てられることになったこと以外は恵まれた環境で育つ。 22歳で社長就任 早稲田大学専門部法律科で学んでいた1947年、花札・トランプ製造会社の合名会社山内任天堂の販売子会社であった株式会社丸福(丸福かるた販売などを経て、現在の任天堂)の設立時に取締役に就任。 跡継ぎとして育てられていた溥だったが、その2年後、1949年に祖父で二代目の山内積良が病気で倒れ、急遽祖父の後を継がざるを得なくなり、22歳で株式会社丸福かるた販売の代表取締役社長に就任。1950年大学卒業。 溥が会社を継ぐにあたって、「任天堂で働く山内家の者は自分以外に必要ない」とする条件を提示したため、前社長は会社にいた山内家の従兄弟達を会社か