「はじめて日本語を褒められた日」という題名で文章を書くことができた人間がこれまで存在したとしたら、それはいったい誰であっただろうと想像してみる。それは一六六九年のシャクシャインの戦いの後に日本への帰順を強いられたアイヌの酋長の若い息子だろうか。今世紀の初めに日本語で教育を受けた、台湾の女学生だろうか。あるいは一九四八年の済州島の大虐殺を機に祖国を逃れて日本に密入国した韓国人の青年だろうか。そしてそれは、近い将来に日本に在住する外国人が執筆するであろうエッセイの題名となることだろう。あえてこの題名をアイロニーとして我が身に引き受けることで見えてくるものを、わたしはこれから思考していきたいと思う。日本人の内側にとどまりながらも、あたかも日本人でないかのような視座を保ちつつ、生起するいっさいを批評すること。日本語をさながら外国人のように書きながら思考すること。こうした作業を通してわたしが回避に成
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