2024年1月1日、石川県能登地方で最大震度7を観測する地震がありました。同地方では、23年5月に最大震度6強の地震が発生しています。
21日午前9時ごろ、石川県輪島市中心部の河井町地区では大粒の雨がたたきつけ、道路が冠水していた=提供写真 石川県で発生した記録的な大雨は、元日の能登半島地震で甚大な被害が出た被災地を直撃した。復旧や復興を目指す中で再び見舞われた自然災害にやりきれず、おえつする人もいた。 【写真まとめ】仮設住宅が冠水、道路は大雨で陥没 輪島市議の西恵さん(60)は毎日新聞の取材に応じ、「自宅がある門前町はあちこちで冠水、河川の土砂崩落が起きている。ひどい状況だ」と語った。 土砂崩れなどで道路の通行止めが多く、「市の中心部に行く手段がない」という。能登半島地震でも大きな被害が出た門前町では、住民たちが公民館に次々と避難してきているという。 西さんは「市役所周辺も大きな被害が出ていると聞いている。せっかく復興が進んでいたのに、積み重ねてきたものがゼロになってしまったところもあるだろう。本当に悲しい」と話すと、声
(8月26日付掲載) 珠洲市内では手つかずの倒壊家屋が連なり、まだ水が出ない地域もある。元旦の発災直後から時が止まったような光景が広がっている(8月23日) 元日に発生した能登半島地震から8カ月――。能登被災地の現状がメディアでとりあげられることも減り、自民党総裁選に名乗りを上げた政治家が記者を引き連れて顔売りに来たり、復興が進み始めたかのようなニュアンスで報じられる一方、現地では今なお被災直後と変わらない深刻な現実が横たわっている。公費解体や交通網の整備、仮設住宅の建設などが遅れているにもかかわらず、震災直後には当然のように注がれた国や行政からの支援が次々に打ち切られ、行き場を失う被災者たち。失われた暮らしや生業をいつとり戻せるのか、まったく先が見通せない絶望感が覆うなかで、歯を食いしばって互いに協力しながら困難と対峙する日々を強いられている。本紙は石川県能登半島に赴き、被災地の今を取材
能登半島地震では、多くの墓が崩れたり壊れたりした。被災地では崩れた墓の多さに修理が追いつかず、「今年は崩れた墓に向かって手を合わせるしかない」とあきらめる人もいる。初めて迎える被災地の盆。地震でつぶれたままの寺の墓地で墓を再建することをためらう人や、人口減少を見据えた維持管理策として共同墓地を検討する集落もある。 (井上靖史) 「こんな状態になるなんて。せめて花だけでも供えて手を合わせたい」。盆が迫った8日、石川県珠洲市正院町正院の会社員寅口(とらぐち)隆さん(49)は自宅近くの寺の墓で合掌していた。 元日の地震で、つり鐘を覆う屋根が横倒しになった。隣にあった父らが眠る墓が直撃を受け、土台から損壊した。地中に埋めている骨つぼの中も見える状態に。ブルーシートをかぶせた上に屋根瓦を置く応急処置をした。
能登半島地震で海底が隆起した石川県輪島市の赤神漁港で、土砂をさらう「しゅんせつ」作業を行う水陸両用のショベルカー(左)とダンプカー=5日 能登半島地震で海底が隆起して船が出港できなくなった石川県輪島市の漁港復旧工事で、全国的にも珍しい水陸両用のショベルカーとダンプカーが活躍している。海中を自在に動いて底の土砂を掘り進めることが可能。通常の方法より手間がかからず、復旧も早まると地元は期待を寄せる。 建設機械大手コマツと青木あすなろ建設が開発。海底が隆起した輪島市門前町の漁港2カ所の土砂をさらう「しゅんせつ」作業に投入している。 赤神漁港では海底が1メートルほど隆起して水深が浅くなり、漁船が港を使えなくなった。市が発注した応急復旧工事では、ショベルカーで海底の土砂を掘り起こし、ダンプカーで陸上の仮置き場に運ぶ。
鹿児島と宮崎の県境にある霧島連山で今月8日の日向灘での地震以降、韓国岳付近の浅い場所を震源とする地震が増え、11日未明には体に揺れを感じる地震も発生しました。気象台は防災上の警戒事項に変更はないものの、活火山であることから、規模の小さな噴出現象が突発的に発生する可能性があるとして、留意するよう呼びかけています。 鹿児島地方気象台によりますと鹿児島と宮崎の県境にある霧島連山では、今月8日に日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生して以降、韓国岳付近の浅い場所を震源とする地震が増加しています。 11日午前2時32分ごろの地震では、宮崎県小林市で震度1の揺れを観測したほか、気象台が住民に聞き取ったところ、韓国岳周辺でもわずかに体に感じる揺れが確認されたということです。 新燃岳、御鉢、硫黄山周辺大幡池ではこの地震に伴う火山活動の変化はないということです。 また、傾斜計では地震の揺れに伴う
#防災「丁寧に説明しないと地震予知と聞こえる」存在や意味が伝わっていない「南海トラフ地震臨時情報」【わたしの防災】 近い将来、発生が懸念される南海トラフ地震に備えて、国は「臨時情報」という特殊な情報を準備しています。現在の仕組みになって5年が経ちますが一度も発表されたことはなく、その存在や意味があまり伝わっていません。初めて発表されたとき、適切な行動はとれるのでしょうか。 <静岡県 石川嘉延知事(2008年当時訓練)> 「静岡県全域を含む地域に訓練、警戒宣言が発せられました」 長年、私たち静岡県民は南海トラフ地震の一つである「東海地震」について、2、3日または数時間前に「予知できる」可能性があり、異常を捉えた場合は国が「警戒宣言」を出す仕組みがあると知らされてきました。 ところが、国は2017年、方針を180度転換します。 <東京大学地震研究所 平田直教授(2017年当時)> 「現在の科学
確かに瓦礫一時保管場所では何十台もの重機やトラックがうなりを上げ、復興の槌音とも聞こえんことはない。せやけど輪島や珠洲市の被災地じゃ油圧シャベルもろくに稼働してなかったで。第一震災発生直後は殺人的ともいえたあの大渋滞がいまはほとんどない。そりゃあ穴水町でも一部宿は再開したわ、春には輪島方向までの一方通行やった「のと里山海道」は7月になって対面通行ながら両方向再開したわ。 それでも土日でもない平日の夕方に輪島や珠洲市から渋滞のストレスなしに河北や七尾市の宿まで2時間かからず帰れるのである。どう見ても人も車も機械も少ないんちゃうか。 公費で倒壊家屋の解体を任される業者もボランティアと同じように安う使うてないか? 自衛隊を便利屋と思うとるんちゃうか? ワシの耳にまでいろんな業者から赤字にしかならない復興支援作業に対する悲鳴と、そんな地元自治体や日本政府に対する恨み節が聞こえてきとるど。 現に半年
「絶望です」避難所でついに死亡者も 弁当は1日1食のみ、住民の直訴を市長が遮り…能登半島震災から約7カ月、現地が明かす行政の怠慢 社会・政治FLASH編集部 記事投稿日:2024.08.03 17:35 最終更新日:2024.08.03 17:35 「エコノミー症候群で亡くなった高齢者もいます。どれだけ訴えても、私たちの声が届くどころか、蓋をされてしまっています」 2024年の元旦、最大震度7を記録した大震災が発生した能登半島。死者は災害関連死と合わせ、300人を超えている。 「岸田文雄首相は5月31日、『復興基金』を通じ、石川県に520億円の財政支援をおこなうことを決めました。さらに、『能登半島地震被災地支援宝くじ』の収益分約40億円の半分が県の予算に充てられるなど、早期復興に尽力しているとアピールしています」(政治部記者) 【関連記事:「元に戻すの難しい」財務省、能登半島地震「無駄な財
7月、土石流の発生で営業休止が続いている松山城のうち、松山市は、城山の中腹にある庭園について安全が確認できたとして、けさから営業を再開しました。 松山城は、今月12日に発生した土石流で、全面的な営業休止を続けていて、城を管理する松山市は再開に向けた点検を進めています。このうち城山の中腹にある「二之丸史跡庭園」は、安全が確認できたとして、けさ9時から営業を再開しました。庭園を訪れた観光客らは、園内の涼しげな池を眺めながら散策を楽しんでいました。一方、天守やロープウエー、それに登城道などの再開について松山市は、8月中旬を目指しているということです。観光で訪れたインドネシア出身の男性は、「天守まで登れないのは残念ですが、写真を撮って楽しみたいと思います」と話していました。二之丸・堀之内管理事務所の内富全所長は「1日でも早く再開したいという気持ちだったので、きょうを迎えてほっとしています。熱中症に
被災後に輪島市・珠洲市の住人がどこへ移動したのかを分析したところ、石川県内では金沢市が最多。県外で最も多かったのが隣の富山県だった。 県外では、時間の経過とともに東京都への移動者がじわじわ増加しており、6月30日の構成割合は14.7%と、富山県(13.7%)を逆転した。 分析を通して同社は「多くの被災者が今も帰宅できず、やむを得ず他県や東京都への移住を選択せざるを得ない現状にある」と指摘。 「被災地はメディアの注目度の減少とは逆に、いまなお深刻な危機に直面している。報道の減少が、決して状況の改善を意味するものではなく、被災地の復興の遅れが単なる印象ではない」と危機感をあらわにしている。 関連記事 ソフトバンク、被災全エリアを応急復旧 能登半島地震で 作業に延べ9239人 ソフトバンクは27日、令和6年能登半島地震の影響で携帯電話が使えない、使いづらくなっていた全エリアの応急復旧が完了したと
石川県穴水町にある長谷部神社の宮司東四柳史明(ひがしよつやなぎふみあき)さん(76)は、元日の能登半島地震で損壊した社殿などの応急措置に追われていた。少し落ち着いた2週間後に脳裏をよぎった。 能登9市町でつくる能登文化財保護連絡協議会(能文連)の会長を務める東四柳さん。2007年の地震では能文連が中心になって被災文化財の救出に取り組んだが、今回の被害は比べものにならない。博物館にあるような指定文化財ばかりではなく、民家で保管され、能登の歴史を物語る貴重な史料も多い。急がなければ、がれきと一緒に失われる恐れがあった。 1月25日、各市町に呼びかけ、七尾市内で緊急理事会を開いた。この時点で、県教育委員会文化財課が被災状況の調査や情報集約を率先して行う様子は見えなかった。「県が動くのを待ってられない」。今回も能文連が中心になる覚悟で、2月末までに被災状況を取りまとめることを決めた。 一方、国の動
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く