「なんだというのだ……何故こんなことに……」 白い寝間着を身に着けている老人は、体を小刻みに震わせている。寒さと恐怖により真っ青な顔色で、目元も落ち窪み酷く焦燥した様子だった。 部屋といってもそこは小屋の中であった。内部には木炭が俵になって積まれており、物置として食器や行灯などが棚に並んでいる場所だ。探せば明かりを燈す道具も見つかるだろうが、老人はそうしようとしない。 座り込んで、脇差しを抱えるようにしている彼の呼吸は荒い。 一呼吸ごとに冷え切った冬の明け方の空気が喉を刺激して、緊張も伴い吐き気すら催した。口の中はからからに乾き頭の奥から痺れるようで、何か良い手立てを──己がするべき行動を考えることさえ出来ずに、何度も走馬灯めいた益体もないことばかりが思い浮かんでいた 時は元禄十五年(西暦1702年)、十二月十四日。厳寒で雪も江戸中に積もる──そんな季節だった。 場所は江戸の本所両国橋近く