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ブックマーク / www.ringolab.com (2)

  • 国語教科書の中の「日本」 - 情報考学 Passion For The Future

    ・国語教科書の中の「日」 いやあ、おもしろいなあ、痛快だな。子ども時代からのもやもやがすっきりしていく。昔からそうだったよ、国語の教科書は。 著者は、小中学校の教科書を精査し、国語教育が「古き良き日」ばかりを教える偏った道徳教育になっている実態を批判する。私の頃もそうだったがトップシェアの光村図書の教科書を中心に、そこは保守イデオロギーの塊なのだ。 「光村図書の『こくご 上』を読んでいたときのことだ。小学校に入学してはじめて手にする国語の教科書である。だから、「あいうえお」を学ぶことになる。それに例示されているものが気になったのだ。「あ」は「あめ・あり・あひる」、「い」は「いす・いるか・いのしし」、「う」は「うし・うみ・うちわ」、「え」は「えき・えほん・えんとつ」。いまの子供が「うちわ」や「えんとつ」にどれだけのリアリティーを感じるだろうか。しかし、もっとおかしいのは「おけ・おに・おの

    AKIMOTO
    AKIMOTO 2011/07/29
    『パラダイム・チェンジによって「論理も変わるということが理解されていれば、「あなたの言っていることはこういうパラダイムの中でならば論理的ですよ」という教育ができるはずだ。』
  • 日本の女が好きである。 - 情報考学 Passion For The Future

    ・日の女が好きである。 『美人論』の井上章一による美人とそうでない人の研究。 著者は、外国人に日政治や社会を批判されても反感がおこらないが、日の女はぶさいくだと言われれば立腹してしまう自分に気がついたという。「日政治や社会は、すこし愛していない。ああ、おれが心から愛しているのは、日の女だったのか」。美人をめぐる社会学の論考集である。 著者は相変わらず美人の変遷を追いかけている。ここでは古墳時代から中世まで遡って考えたとき「高松塚美人も樹下美人も、みな下ぶくれにえがかれている。源氏物語絵巻も、その点はかわらない。みな、おむすび顔になっている。だが、どうだろう。あんな顔面をもった人間は、ほんとうにいたのだろうか。」と問題提起する。 そして絵画類から美人史を復元する試みは、「セーラームーン」の絵を見て20世紀には顔の二割を占めるような大きい目が美人の条件だったとするのと同じだと指摘

    AKIMOTO
    AKIMOTO 2009/06/17
    「日本の女はぶさいくだと言われれば立腹してしまう」 それはこの人が日本の女を日本の男の所有物だと思ってるからじゃないかと感じた
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