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2009年7月16日のブックマーク (2件)

  • なぜ、中平卓馬か?〜写真界のカリスマと出会って〜

    実は先日、店主とふたりで鎌倉散策をした折に、アノ伝説のカリスマ写真家、中平卓馬氏と出くわしたのです。鎌倉に行くと、東慶寺の小林秀雄のお墓を必ず参るのですが、その参道の脇の喫茶店で休みがてら時局について語りあっておりましたところ、カメラをぶら下げた奇妙な二人組みが側を通って行きました。一般に写真家は自分の姿を公にしたがらないもの。ファインダーのこちら側という職業意識のせいか、少なくとも写真家自身が、文化的なアイコンとして時代の前面に出てくるのは、アラーキー以降のことです。 なかでも中平卓馬は、実質数年間の活動で永遠の名声の域に達したひと。その後はランボーさながら伝説の世界に逝ってしまい、尊顔を拝する機会は写真でもまずめったにありません。私が知るのはわずかに、あの森山大道が撮影した、例の有名な中平卓馬の写真(しかも横顔)のみでありました。あれから三十余年。間に昏睡、そして逆行性健忘症を挟んでの

  • 中平卓馬語辞典

    この辞典は、語録でもなければ、批評でもなく、解説でもなければ、当は辞典でもないのだった。これは私が中平卓馬について考えるための私的なメモだ。紛らわしい題名をつけて、ホント、申しわけないです。 詩人は詩を書くから詩人なのではない。それは生き方の問題なのだ、という言い方がある。詩人のことはどうだか知らないが、中平は生き方の問題として写真を生き、写真というシステムを真摯に考え、まさにそのことによって写真家たろうとした。私自身は中平のそういう生き方や考え方をほとんど知らず、ただ近作を見て、すごい、と思い接近していったのだが、その中で中平の思想、生き方を知った。 写真に思想や生き方が写ることはけっしてない。ありえない。写真にはただ事物が、レンズの前に「偶然あった」事物が写るだけだ。中平がこの世界を写し、世界に再投入されたこの写真と、中平のこの思想はほんとうに繋がっていないのだろうか、それとも? は