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ポルノに関するBanzのブックマーク (2)

  • 「内心」は不自由だし、ポルノを楽しむのは「悪」だ - ohnosakiko’s blog

    アンドロイドの人権と神さまとセカンド・レイプ - はてこはだいたい家にいる 「内心の自由」を巡ってのコメント欄の混乱が、ブコメにも波及している。 「内心の自由」とはもともと、憲法19条の「思想及び良心の自由」を下支えする概念だ。戦前の国家の思想統制に対して出てきたもので、他者の人権に抵触しない限りにおいて最大限保障されるべきことになっている。 従って「内心の自由は保障されている」と言わねばならない局面とは主として、思想及び良心の自由が国家あるいはそれに準じる権力装置によって侵害されそうになった時だろうと思う。 冒頭で引いた記事及び一連の記事の内容は、ポルノの人権侵害と「良心」を巡る議論の一つである。レイプものなど被害者が見たら傷つくであろう性的ファンタジーを、語るだけでなく、楽しんでいることへの疑義が示されている。 一連の議論を追いかけている人ならわかるはずだが、最後の一文はAntiSep

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  • ポルノについての個人的な意見 - WinterMuteの日記

    ポルノについて書く。 それも、ただ、自分にとってポルノとは何か、という、私的な、ポエムめいた文章を書く。 もう少し、きちんと理屈っぽい、あるいは短くまとまったエントリを書こうと試行錯誤していたのだけど、どうもこれは、ダメらしい、と思った。 前回のエントリを評価してくださった方の中には、あきれかえる人もいるだろうけど、僕がポルノを描くのは、社会の悪を描くためでは、ない。 むしろ、社会の悪を描くためにポルノを利用することを、自分自身には禁じている。 だから、頂いたブコメやスターには申し訳ない、と思っていて、けれど、矛盾するようだけど、前回書いたことも心でそう思っている。正直、矛盾しているのかどうかもよくわからない。 それで、とりあえず、僕にとっての、ポルノについて書く。 僕にとっての「ポルノ」は、快楽を、性的な、純粋な興奮を提供するものだ。 僕はだから、「よくできたポルノ」とは、ただ受け手を

    ポルノについての個人的な意見 - WinterMuteの日記
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