峯野氏は人をさばくことについて、「世の人々の大なる誤解は、さばくことによって、悪人を正すことができるという考えを抱いてしまっていることである。さばかれ、そのことによって、反省し、立ち直るという人もないわけではないが、実は、よく人間というものを考察してみると、その人がさばかれ、そのことのために立ち返る人というのは、人からさばかれることがなくてもどこかで気づいて悔い改めることができる。自らその中から立ち上がっていくことができる善良な心をもっている健常な人々であるといっても良い。そのような人であれば、人からさばかれると、『本当に申し訳なかった』と気づいて反省して謝罪できる。そういう人たちであれば、さばかなくとも、優しくその人たちの非を諭してあげるだけで、見事に気づく。愛によるところの諭しを提示してあげることで、美しく関係が回復される」と説いた。 一方で、人生の途上で大きな傷を受けてきた人々につい
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